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2002年4月号【2】
一服のひとときに
農作業中みんなで一服しているといろいろな話しが出てきます。
小出家発祥の地、樽本での生活、昭和30年頃の話し
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(英敏5?歳、トシノ7?歳)談
「樽本では豆腐、味噌、納豆は買うという意識は無かった全て家で作ると言う認識しか無かった納豆作りは簡単だよ稲ワラには既に納豆菌が入っている、茹でた大豆をワラで包んで2〜3日重しをしてコタツに入れて置くだけで大丈夫!重しが必要だ!重しが大事だ!肉はウサギ、イタチ、テン、ムジナ全て自然が用意してくれた。お客さんが来た時だけに鶏を絞めて食べることが出来た、昔の鶏は美味しいかった脂が多かった今の鶏にはそう言った感じがないね・・・」
(英敏)
「初めて刺身を食べたのが小学校5年生の修学旅行の時だった!その衝撃は今でも覚えている。ほとんどの同級生は初めての体験、刺身を見た事が無い山の中でも魚は食べた事が有るのだが全て乾燥魚だ刺身は驚いたよ!
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父(英敏)は樽本に行くときにいつも刺身の話しを私にする。若干私は話しを聞きながら羨ましく思う。食料が豊富な時代に生まれ育った私には(昭和51年生まれ)このような食べ物に対しての衝撃、感動はないのです。これから下記の話しも食べ物の話しなってしまいますが食糧難時代に生きた家族の話とご理解下さい。
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(英敏)
「山羊の乳絞りはきつかった山羊の乳はガチガチに固く子供の手で絞るのは至難の技だったいつも一升瓶位乳が出るのだが最後に山羊の後ろ足で蹴られてこぼれるんだよな〜」
(トシノ)
「お前はズクナシ(めんどくさがりや)だから山羊の足を縛ってから乳搾りをすればいいのにそれすらしなかった。今と変わらないね・・・」
(英敏、トシノ)
「当時、卵は貴重だった。鶏は飼っていたが卵は大事な資金源だった。食べたくてもなかなか食べられなかった。一つの卵を3人の兄弟で分けて食べたさせたもんだ。しかし野菜は結構自由に食べられた。トマトはそのまま食べても甘くなく美味しくない。(昔の品種は甘くなかったらしい)そこで当時砂糖の代わりに食べていたのが「サッカリン」と言われている物だ!今の砂糖より甘かったな。甘い物がなかなか手に入らないあの時代はサッカリンは初めて食べた甘い物だった。切ったトマトにサッカリンをまぶしてスプーンで食べる最高に美味しかった。兄弟で取り合いになり最後の汁を誰が飲むかで恨み合いになったな。あれは魅力的な甘さだった。
昔は正月しか美味しい物は食べられなかった正月がくるのをどれだけ待ち遠しかった事か・・・今は贅沢だ、お金を払えば何でも手に入る・・・
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・・・さて仕事をするぞ!・・・
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