田圃には鳥よけの「かかし」が置いてありますがここ樽本標高約700Mにはほとんど鳥はいなく、昔の風習で置かれている。
今時珍しい木の電信柱、樽本にも電気は来ています電気が初めて来たのは大正初期頃それまではランプの明かりで生活をしていました。
お昼はいつもの「イチノおばあちゃん」手作りのお昼ご飯を頂きました。
信じられますかこの田圃3枚分を1人のおばあちゃんが手で田植えをしたなんて・・・。
ようやく小出農場の稲刈りも一段落していよいよ小出家発祥の地樽本の稲刈りが始まりました。ここ「樽本」では標高が約700Mコシヒカリが作れず早生品種でも稲刈りはこの時期になってしまいます。 今年もこの時期がやってきましたイチノおばあちゃんとの再会です。 いつもの場所で、いつもの手料理、外でのお昼御飯、樽本流での接待、最高の贅沢で私達を迎えてくれました。 前日から飲み物等を運んでくれていたらしく「おまんらビールでも飲みない」と草の中から ビール、ジュースが山のように・・・飲まずにいると「俺が開けないから飲まないんだな」と言いビールの蓋を全部開けてしまった。自分は何も食べず私達に接待を続けるイチノおばあちゃんに本当の人間の在り方を考えさせられます。 田圃3枚を1人のおばあちゃんが手で田植えをしているなんて考えられますか? こんな山間地で一生懸命頑張っている人がいるのです、日本政府はこういう人の作った お米こそ大事にしなくてはいけないのではないでしょうか。
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