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■針供養とは、針を供養する行事をいいます。 なぜ、豆腐やこんにゃくなどに刺すかといえば、柔らかいもので針に楽をさせ、今までの針の労に感謝するという意味で、この日、芋、大根、焼豆腐、あずき、にんじんなどの煮物料理を食べる、俗にいう“いとこ煮”とか“六質汁”も、こうした縁起からきたものだそうです。この針供養に似たことは、もともと中国にあったらしくこれがいつのまにか我が国にも伝わり、事始め、事納め、女の守護神たる淡島神社などと相混合してできたものが針供養であると思われます。 また、一説には、東北の一部で、むかし姑にいじめられた嫁が、針山の針を盗んだという無実の罪を着せられて、海に身を投げて死んだのがこの日であったと伝えられています。今でも前の日から海が荒れ、娘のある家では、針仕事を休んでその供養をするという説もあります。 一般的に、針供養は和歌山市の淡島神社が有名ですが、その年に使って折れた針を集めておき、淡島堂(あわしまどう)へ納め、縫裁の上達を祈ります。土地により古針を豆腐やこんにゃくに刺して流したり、紙に包んで納めたりします。淡島神社の祭神は、少彦名命(すこなひこな)と言い「古事記」でハカミムスイ神の子と言われ、「日本書記」でハタカミムスイの指の間から、こぼれ落ちた小さな神で、ほとんどの場合オオナムチと一対で、二神協力して農耕や医療を始めると言い伝えられています。 その後、淡島で栗茎にのぼってはじかれて、常世(とこよ)郷へ渡ったと言われています。また一説では、淡島信仰では、祭神を婆利才女(ばりさいじょ)とするところから、女仕事に縁の深い針に付会したにすぎず、針供養の起源は淡島信仰がもとではないかと考えられています。
■針供養を行う時期もいろいろあります。関東では2月8日、関西では12月8日に行う所が多いと言われています。古くから、事始めと事納めを総括して事8日(ことようか)と呼ぶ風習がありましたが、12月と2月のどちらを事始め、事納めとするかは一定していません。 江戸時代中期から盛んに行われるようになり、明治年間には、お針子たちが晴れ着を着て、五目飯などをつくり、一年間使った針と一緒に淡島様に供え、裁縫の上達を祈願するのが習わしでした。
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