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私のアトリエを始めて紹介いたします。
想いを繋ぐアトリエを作ろうと思っています。
是非お立ち寄り下さい。
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名 前
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小池克子(こいけかつこ)
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生年月日
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昭和28年12月6日
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血液型
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A型
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家 族
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7人(父・母・主人・長男・次男・三)男
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性 格
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おおらか・曲がった事が大嫌い
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趣 味
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合唱・お裁縫・男子子育て?
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着物リフォームへの想い
お読み頂きありがとうございます。
両手で針を操作するおばあちゃん、そしてやさしい母から頂いた「想い」、江戸・明治・大正・昭和・平成に続いている日本の着物文化そして、生活ファッション。
気が付けば着物は「着る」から「保存」へ変わってしまいました。
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代々続いた高価な資産としか評価されなくなった着物、残念ですがこれからは着物が「捨てられる」「リサイクル品」「中古品」になりつつあります。
気持ちは「もったいない」「しょうがない」等々想いはあってもやはり箪笥の奥深くしまわれてしまいます。
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そんな着物を活きかえらせたいのです。
そんな着物の想いを「着る」ことにより次ぎの世代に渡してあげたいのです。

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新潟県妙高村のとにかく山奥生まれた私の家には、とにかくすばらしくスゴイおばあちゃんがいました。10人の子供を産み、その子供達の着物を全て自分で作ったおばあちゃんでした。
二本の針を左右の手に持ち両方の手で中央に向かって縫い物をする姿は今でも忘れる事は出来ません。そんなおばあちゃんの膝の上でかわいがってもらいました。
そして、私の母。とにかく「やさしさの神様」のような母は21歳にして14人家族の仲間入り時代は戦時中、ただただ食事と農作業の青春時代だったそうです。そんな荒荒しい時代でも自分のことのように悲しいときは一緒に涙を流してくれるようなステキな母のもとで育ちました。昭和47年高校被服科を卒業し、長野の文化服装学院に通いつつ、長野合唱団で青春を過ごしました。そんな時であったのが今の大好きな主人です。
こんな私も、子供達が成人近くなり今まで内職でやっていた洋服作りや知人から頼まれた洋服リフォームを友達の誘いやお仕事の関係の人のお誘いから、いよいよ本格的に仕事としてやらせていただく事になりました。
もう嬉しくてたまりません。この度も、埼玉の実兄がインターネットホームページを作ってくれました。まだパソコンは出来ない私ですが、皆さんのご支援により長野の地で始まった「着物リフォーム」を全国の皆様にご案内したいと思います。
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