第9章 社会活動から環境改革

防火用水が完成

 

 

村内初のコンクリート橋

村々を守り続けたお寺

 

 

幕が開けた両立時代は予想をはるかに超えた成果と問題を発見した。

当時40代の村会議員は余りにも若輩でありその若さは時には凄まじい行動力を発揮するが
先輩の方々には実に目の上のタンコブであったらしい、いつの世も同じである。

当時の樽本部落には、車両が入る道などは一本も無く差し当たり土木事業から活動は始まった。

昭和33年の台風による豪雨で唯一の橋は流された。実は後日談だが土台が崩れかなりの破損を受けていた、たまたま視察にこられていた役人に聞いたところ全損でなければ・・・
との事だったので若い衆全員で真夜中に全損させたのだった・・・?
今となればこの発想と行動力が時代を代表する出来事のような気がする。

この後、政治力に全力投球し土木予算を確保し設計書もなく道を作った事もあった。
村に始めて四輪自動車が入った事は今でも忘れられない。
子供たちが排気ガスの匂いを嗅ぐため学校帰り暗くなるまでトラックを待っていた事も多々あった。

このころ色々なことが村に入った。
僻地教育予算から学校給食、しかし現金がない父兄は給食費の変わりに野菜や味噌・醤油などを現物を持っていったり、蛍光灯が家々に入るや否やあまりの明るさに夫婦が恥ずかしげに生活したり、海の魚が運ばれてくると、米と交換の凄まじい掛相があったり、アイスキャンデーやアンパンが入るとその都度始めての食味に感動したことなど・・・・

現代の生活からは想像のできないことを村民全員で集団感動をした。
ここで忘れたくないことがあります。

今の世を継続していただいた、先祖の方々への感謝です。

まさに大切なものは感謝の心です。こんな気持ちを込めて右写真はその先祖を今でも供養しているお寺です。

いよいよ農業の本格時代がやってきます。

 

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