第4章 昔の暮らし -その1- 明治から大正時代

大正初期に建てた上樽青年倶楽部 
大正初期に建てた上樽青年倶楽部  

冬の姿 
冬の姿  

小出家は村の中では中規模の農家であった。

代々「喜左ェ門」の称号(屋号)があり、

「キゼェム」と呼ばれており血筋は自立心が強く

さらに好奇心も極めて強かったらしい。

今で言う中堅リーダーと言っても良いかもしれない。

時代の流行りものはいち早く導入し、

子孫達もどんどん町を目指し出かけたようだ。

電気が村にくれば、動力を農作業に利用し、

ラジオもいち早く購入し情報収集をした。

しかし、現実は現金収入は米以外はなく

全国の百姓同様貧乏極まりない時代だったらしい。

父から聞いた話だが・・・・

どこの家でも子供が6-7人おり、

主食は粟・薯・南瓜・大根などを入れた「おじや」で

白米食は正月とお盆だけだった。

寝室などは「スベ」藁を空いた柔らかな部分を袋に詰めたもので、

ノミ・シラミと同居状態であった。

実体験はもっとすさまじい状況のようだが、

周りは全てが同じであり今の時代のような

人間関係はなくのびのびとした生活感も多かったようだ。

 

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