大正初期に建てた上樽青年倶楽部
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小出家は村の中では中規模の農家であった。 代々「喜左ェ門」の称号(屋号)があり、 「キゼェム」と呼ばれており血筋は自立心が強く さらに好奇心も極めて強かったらしい。 今で言う中堅リーダーと言っても良いかもしれない。 時代の流行りものはいち早く導入し、 子孫達もどんどん町を目指し出かけたようだ。 電気が村にくれば、動力を農作業に利用し、 ラジオもいち早く購入し情報収集をした。 しかし、現実は現金収入は米以外はなく 全国の百姓同様貧乏極まりない時代だったらしい。 父から聞いた話だが・・・・ どこの家でも子供が6-7人おり、 主食は粟・薯・南瓜・大根などを入れた「おじや」で 白米食は正月とお盆だけだった。 寝室などは「スベ」藁を空いた柔らかな部分を袋に詰めたもので、 ノミ・シラミと同居状態であった。 実体験はもっとすさまじい状況のようだが、 周りは全てが同じであり今の時代のような 人間関係はなくのびのびとした生活感も多かったようだ。
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第3章 樽本の歴史 |
第5章 昔の暮らし -その2- 大正から昭和時代 |