第8章 近代農業と社会活動

 

葉タバコの生産風景

 

立候補街頭風景

 

汗は結果を出して行き、次第に生活も変わっていった。

益々農業の近代化が進み馬鈴薯の生産も輸入食料からのいもち病で次第に衰退し、

葉タバコの栽培が始まった丁度稲作の忙しさをぬって作付け乾燥出荷ができるため村全域

に普及し現金収入の少ない家々にとっては大変な成果を上げこの時分からテレビが村に入り始めた。

この間、養鶏・小鳥(カナリヤ)・ねこむしろ(藁で編んだ敷物)・山菜・養蚕・錦鯉等お金になることはなんでもした。

これらのきっかけは昭和23年農業共同組合法の制定で初代の理事に選任され、昭和25年始めて農業委員を

若くして引き受けた結果色々な人々とであった結果から得た情報が縁であった。

昭和30年四ケ村(関山・原通・大鹿・豊葦村)の合併し妙高村が出来上がった。

いよいよ社会活動と農家の両立時代が始る。

前へ
第7章 近代農業への布石

次へ
第9章 社会活動から環境改革

目次へ